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世相放談

辛口ニュースの解説

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【平和】長崎原爆のモニュメントが消えたわけ

アメリカ 歴史

広島の原爆といえば、原爆ドームを思い浮かべる人が多いはずだ。

世界遺産に登録もされているし、認知度が高く、広島原爆の象徴的存在だ。

 

一方、長崎の原爆の象徴的な建物というのはない。

 

でも、過去はあった。

浦上天主堂である。

 

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【画像はwikipediaより】

 

浦上天主堂は、被爆後も存在していた。

長崎市議会では、浦上天主堂を保存するという決定がされていた。

その決定が実行されていたら、今も残っていたはうである。

 

しかし、この崩壊しかけた浦上天主堂の存在、原爆を投下したアメリカにとっては面白くない。

 

キリスト教の施設を破壊した事実は、アメリカの原爆投下の正当性を揺るがす存在であったからである。

 

当時の田川長崎市長は、アメリカ出張に行っている。

 

ちなみに、費用はアメリカが持っていた。

 

帰国後、田川市長は一転、被爆した浦上天主堂の立て直しを主張、市議会が反対する中、強行し、被爆した天主堂は壊された。

 

田川市長の翻意の理由は、わからないが、直前のアメリカ視察が影響していることは確か。約1ヶ月間、観光をしもてなしを受けたことも推察できる。

 

 

長崎は、かけがえのない、遺物を失ったと思う。

 

ちなみに、市職員が撮影していた浦上天主堂の大量の写真は、ほぼ同時期に火災で消失しているとのことである。

 

偶然だろうか・・・